『ジャッリカットゥ 牛の怒り』トーク・レポート|第36回 Dプログラム
登壇者
安宅直子[フリー編集者] 『新たなるインド映画の世界』(PICK UP PRESS/2021年刊)
軽刈田凡平[インド音楽ブロガー] アッチャー・インディア 読んだり聴いたり考えたり
インド映画、特に南インド、さらには『ジャッリカットゥ』が作られたマラヤーラム語映画に詳しい安宅直子さんと、インドのインディーズ音楽に詳しい軽刈田凡平さんをお招きし、『ジャッリカットゥ』はもちろん、インドの映画や音楽、そのMVにおける映像表現などについて、お話を伺いました。
聞き手:山田タポシ
※トークの模様から一部抜粋してお届けします。(以下、敬称略)
三階席まである水戸芸術館ACM劇場の特徴を活かすべく、第33回水戸映画祭(2018)で上映した『バーフバリ 王の凱旋〈完全版〉』のとき同様、通常よりも大音量で上映。その迫力の余韻に包まれた中、トークイベントが始まりました。
タポシ まず、公式サイトによく寄せられるコメント風に3人の言葉をスライドにまとめてみましたので、ひとこと添えていただきましょう。
すごい緊張感と熱量! 牛と思わせておいて人間、村と思わせておいて世界を描いている。──軽刈田凡平[インド音楽ブロガー]
豪快さに感激。理性を失った人間を極めて精緻な構成のもとに描く力量。──安宅直子[フリー編集者]
生と死、獣性と神性……多種多層な表現と比喩に満ちた、魔幻的な映像体験。──タポシ
凡平 本当に南インドの、山奥の、クリスチャンの集落という狭い世界を舞台にした映画でありながら、テーマには普遍性があるし、牛を狂言回しのようにしながら、人間とか社会とか世界というものを描いている凄さにやられちゃいました。とにかく終始テンションが高いのがたまらないですね。
安宅 今日初めてではなく、もう何度か拝見しているんですが、改めて観て、なんかこう、なぜか分からないんですけど、心の中でもう爆笑し続けてしまって……テンションがウツってきたというか(笑)
このように当日のトークでは、様々な画像、映像、データ資料などをスライドで投影しながら、お話を伺いました。
ボリウッドとは?
タポシ インド映画は “ボリウッド” と呼ばれることが多いですが、その定義について改めて教えていただけますか?
安宅 “ボリウッド” とは、かつてボンベイと呼ばれていたマハーラーシュトラ州の州都ムンバイで、ヒンディー語によって作られる映画を意味します。ただ欧米などでは、ボリウッド=インド映画という使われ方がされてしまうケースもあるようです。
タポシ それはヒンディー語話者が他の言語に比べて多く、マーケットが大きいからなのでしょうね。でもボリウッドとは、本来、様々な言語で作られている “インド映画” の一部であると。今日の『ジャッリカットゥ』がマラヤーラム語で作られているように、実際は様々な言語で作られているのが「インド映画」ということですね。インドのポピュラー音楽では、どうなのでしょうか?
軽刈田 やはりヒンディー語のほうが、配信でも再生回数は圧倒的に多くなります。ですから、ヒンディー語を母語としない小さな州のミュージシャンの中には、あえて「ヒンディー語で!」というミュージシャンもいますが、あえて母語にこだわる人もいて様々ですね。
インド映画と音楽
安宅 まず、インド映画はアクションやロマンスというジャンル以前に、大きく芸術映画と商業映画に分けられます。今日の『ジャッリカットゥ』は、様々な観方があると思いますが芸術映画に分類されます。インドにおける芸術映画は、基本的にインド国内外の映画祭への出品を主目的に製作されています。したがって、いわゆるグローバル・スタンダードともいうべき欧米基準で作られ、尺も短く、歌や踊りも入らない作品も多く、非常に低予算で作家性を重んじられる傾向があります。ですから、海外で上映されてもインド国内では上映されないままという作品もあります。
凡平 インドの商業音楽は映画音楽が9割くらいのシェアを占めていましたが、インターネットの発達に伴い、自らの言葉で自らの音楽を発信していこうというミュージシャンたちが、2010年頃から出現し始めました。それでもまだ8割くらいが映画音楽で占められている印象です。
タポシ 映画音楽は、映画公開前に歌曲を先行発売し、期待値を高め、観客動員を図る手法がいまだに多用されていますからね。ちなみに『ジャッリカットゥ』のような芸術映画は、やはりインディーズ的な製作が多いのでしょうか?
安宅 そうですね。低予算ですから、俳優も割と無名の人が多いです。でもこの『ジャッリカットゥ』は、芸術映画としては比較的大きめの予算がかけれている作品です。
実際『ジャッリカットゥ』は、インド国内外の映画祭に出品され、多くの受賞をしています。主なものとしては、アカデミー賞®国際映画賞インド代表作品、インド国家映画賞 銀のハス賞(撮影賞)、ゴア・インド国際映画祭 銀の孔雀賞(最優秀監督賞)、トロント国際映画祭正式出品作品、ケーララ国際映画祭観客賞、ケーララ州映画賞最優秀監督賞、ケーララ州批評家賞最優秀作品賞、アウランガーバード映画祭最優秀録音賞などがあります。
多言語国家インドにおける映画製作
タポシ さて『ジャッリカットゥ』は、マラヤーラム語で作られているわけですが(インド情報放送省の資料を示しつつ)2019年、インドで製作された映画の作品数は2000を超え、言語数は50に及んでいます。
インドが認定している公用語は、約50(第二公用語含む)。憲法第8附則に示された指定言語は、22(州公用語以外を含む)。お札にも17言語が印刷されています。
こうした多言語国家インドにおいては、言語の壁をどう克服するかは大きな課題となるわけですが……
安宅 そうですね。大きく分けて〈吹き替え〉〈リメイク〉〈多言語同時製作〉という手法で映画製作が行われています。たとえば、日本でもヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』は、元々マラヤーラム語の作品でしたが、日本で公開されたタミル語版は、元々のマラヤーラム語とストーリーも若干異なりますし、まったく違う俳優たちが演じています。つまり、別言語で製作・配給させる場合、各言語の特徴もあり、その言語が話せる地域の人気俳優が起用されるなど様々な要因から、吹き替えや字幕よりも地域言語でリメイクしたほうがお客さんが入るようなんですね。ですからこの〈リメイク〉は多いですね。
タポシ 要するに〈吹き替え〉は、日本で外国映画を日本人声優で吹き替えするのと同じ。でもインドでの〈リメイク〉は、他の言語で文字どおりすべて……俳優も変えるし、歌曲も歌詞も作り直すわけですね。では〈多言語同時製作〉という手法は、どのように作られているのでしょう?
安宅 撮影段階から多言語公開を前提に製作される手法です。絵面(えづら)はそのままに台詞は各言語で撮影されます。つまり、口の動きが分かるようなシーンの場合、撮影の段階で各言語バージョンを撮るので、もし4言語で製作される場合、役者は同じ芝居を各言語で行い、4回撮影するという、大変手のこんだ手法になります。
タポシ この手法は『バーフバリ』のS・ S ・ラージャマウリ監督作品『マッキー』でも取られていますね。※
※Bule-ray版のメイキングでその様子が分かります。
マラヤーラム映画の特徴
安宅 マラヤーラム映画、マラヤーラム語で作られるインド映画は、「インド国家映画賞」において作品賞の受賞が多いという特徴があります。この賞は、インド映画界における最大規模かつ一番権威のある賞と言われている賞です。それと全般的に低予算で作られるという特徴もあります。
タポシ (言語別受賞作品の資料を表示しつつ)ベンガル語の22がいちばん多いですね。これはやはり、サタジット・レイ監督の功績※が大きいのでしょう。でもマラヤーラム語の11も際立っていますね!
安宅 そうですね。マラヤーラム語のケーララ州とベンガル語の西ベンガル州の人たちは、賞レースにおいて対抗意識をもっているようです。
※サタジット・レイ監督は、インド国家映画賞で最多の6度受賞。
タポシ 低予算とはいえ、娯楽性の高い商業映画もマラヤーラム語で撮られているわけですが、そちらはどのような特徴があるのでしょう?
安宅 エンタメ性の高いインドの商業映画としては、ヒンディー語、タミル語、テルグ語の作品が日本に入ってきていますが、それらと比べるとちょっとおとなしいかもしれません。
ジャッリカットゥとは?
凡平 実は、映画を最後まで観てもジャッリカットゥが何かは分からないんですよね。日本人には馴染みが無いので分からないわけですが、というか、そもそも凄く発音しづらいですよね(笑)
とにかく、ケーララ州の東に隣接するタミル・ナードゥ州で毎年1月に開催される「ポンガル(収穫祭)」で行われる牛追いの行事で、インドでは誰でも知っている行事のようです。
タポシ それだけ有名な行事なので、伝統を重んじる一部の方からクレームがあったらしいですね。でもリジョー監督は、名前を借りただけで直接的な意味は特に何もないと明言しているようです。
最後に
当日は、この後、リジョー監督の経歴、作品の特徴、過去作品など。作品の舞台となったケーララ州について、インド随一の識字率の高さやクリスチャンの割合が多いといった特徴などを安宅さんから解説をいただきました。
また軽刈田凡平さんからは、インドのインディーズ音楽、中でもマラヤーラム語で活躍しているミュージシャンのご紹介と解説をしていただきました。さらには日本で鑑賞できるマラヤーラム語によるインド映画などについてお話をしました。
このレポートでは、会場で流した動画のリンクなどを貼っておきます。
凡平 本当に牛にやられちゃいました(笑) ですから、みなさん忘れていたと思いますが今年は丑年でしたので、残り少ないけどこの勢いを借りてがんばっていきたいと思います!
安宅 映画に限らず、インドというのは、いったんハマるともう排他的になって、それ以外のものが要らなくなってしまうんですね。つまり、すべてがあるんです。インド映画もハリウッドみたいなのもあるし、フランス映画みたいなのもあるし……ですので、本日のこの作品だけでインド映画を決めつけないで、いろんなものを観ていただければと思います!
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