『悪は存在しない』トーク・レポート 39th C Program

映画 悪は存在しない 大美賀均 小坂竜士

登壇者

大美賀均[俳優・映画監督] 小坂竜士[俳優]

聞き手:藤美奈子(水戸映画祭)

濱口竜介監督は、『ドライブ・マイ・カー』でのカンヌ国際映画祭脚本賞、アカデミー賞国際長編映画賞受賞に続き、本作『悪は存在しない』では第80回ヴェネツィア国際映画祭 銀獅子賞(審査員グランプリ)受賞と、世界3大映画祭での受賞という快挙を成し遂げました。いまや“世界のハマグチ”となられた濱口監督は、2013年公開の中編『不気味なものの肌に触れる』では、水戸市内各所や那珂川沿いをメインに撮影しており、当時シネマパンチスタッフも撮影協力しました。またご縁があればぜひ水戸にお越しいただきたいですが、今回は、映画初主演ながらその存在感が大変印象的だった大美賀均さん、物語のキーパーソンとなる「プレイモード社員 高橋」を演じた小坂竜士さんにお越しいただきました。もとは濱口組制作部から、濱口監督によって出演者に抜擢されたという共通点を持つお二人に、制作部と俳優の違い、撮影の裏話など、様々な視点からお話をうかがいました。

※トークの模様から抜粋してお届けします。(以下、敬称略)

映画 悪は存在しない 大美賀均 小坂竜士

藤:本日はご来場いただきありがとうございます。はじめに『悪は存在しない』という作品の成り立ちについて少しだけお話させてください(石橋英子さんによる上演作品『GIFT』の話)。

さて、初見のかたは、いまこのラストシーンを観て、驚きの展開に戸惑われている方もいらっしゃるかもしれません。そのお二人に登壇いただきます。

まず本作への参加のきっかけをお聞きします。

大美賀:はじめは、濱口監督から撮影の北川さんとシナハンに行くから運転してくれないか、と声がかかり参加しました。映画と同じように地元の方への説明会も実際にありましたし、地元の方に行くべき場所やそこにまつわる話を聞いてあちこち行ったりしてプロットができていくなかで、3人が交代で薪割りをやってみたことがありまして。そのうち興がのって思わず僕が監督にため口をきいてしまったんです。普段は敬語だったのでドキッとしたそうで、それが監督の中でなにか残っていたようです。それであの敬語を離さない「巧」というキャラクターが生まれたのかな(笑)。

小坂:はじめて濱口監督とお会いしたのは、『ドライブ・マイ・カー』に車両部で参加したときです。最後にたまたま濱口監督と直接話す機会がありました。映画の中で『ワーニャ伯父さん』の舞台のシーンがありまして、ぼくはチェーホフで一番好きな戯曲なのですが、脚本を読んだ時点ですごく感動していまして。知っていたはずの『ワーニャ伯父さん』をさらに深く理解できたような気がしたんです。そんな話をさせていただきました。その後、別の作品の撮影でちょうど水戸の三の丸庁舎に来ていた時に、監督から出演依頼のメールを受け取ったんですよ。

映画 悪は存在しない 大美賀均 小坂竜士

藤:おふたりとも映画制作スタッフも経験されていますが、スタッフと俳優の違いはどういったところでしょうか?あるいは、もし違っていないことなどもあれば……

大美賀:やはり違いましたね。制作部での準備は多岐にわたるし、調べ物や個人での黙々とした作業も多く撮影中もずっと裏で作業がありますが、俳優は現場でみなさんに気を遣ってもらえますね(笑)。監督も本読みに付き合ってくださいますし。もちろんやれるかどうか不安はありましたけれど、おかげであまり気負いなく自然と入れたように思います。濱口さんがそう言ってくださっているなら、せっかく機会を頂いたのでやってみようと。今日の水戸もですが、こうして長く上映していただけて、映画とともにあちこちに行くことができてありがたく思っています。

小坂:ぼくはもともと俳優を志していて、役者だけだと生活できなくて少しでも映画に近い仕事をしたいという思いから制作部にいたので、オファーいただいてもう大変嬉しくて。目指していた場所だということで、それはもう現場入りのときの挨拶の仕方から気合が違いました。(挨拶の実演をしてくださる)

映画 悪は存在しない 大美賀均 小坂竜士

藤:お二人が出演されている薪割りのシーンについて少し話してみたいです。事前のリハーサルはわりとされていたんでしょうか?

大美賀:そうですね、シナハンのときからなので何度かやっていましたね。

小坂:ぼくはあまり事前に薪割りはしていなくて、前日のリハーサルで少しやってみたくらいです。体力とか力仕事には自信があったのですが、やってみると思ったより難しい。4テイク目が一番うまく割れたと思ったんですが、使われたテイクは1テイク目だったんですよ。
藤:あれは1テイク目だったんですか。はじめはうまく割れなかったのが、「巧」が少しアドバイスをした後すぐ、気持ちよくスパーンと割れますね。その前も「巧」が割った薪が、ちょうど「高橋」のほうにポーンと、まるでプレイモードのふたりにけん制するかのように、うまいこと飛んでいきますよね。

大美賀:最近濱口監督の『他なる映画と』*という本が出版されて、とてもおもしろいので皆さんぜひ読んでいただきたいですが、その本の中で、いかに偶然をおさめるのか、ただ、偶然ではあってほしいけれど、なるべく正確に起こしたい、というようなことが書かれていますね。
小坂:毎カットOKは出るんですけれど、OKが出ても、さらに繰り返し何度も撮るんですよね。そういう瞬間を待っているということだったのかな。

藤:とはいえなかなか狙ってできることでもないですが、濱口さんのなかでは、このふたりならやってくれるだろう、という確信めいたものもあったんでしょうか。偶然ということでいうと、森の中にあった鹿の死骸も偶然そこで発見したそうですね。

大美賀:花ちゃんが原っぱで鳥を追うシーンの撮影のときに、助監督のスワさんが見つけたんですよね。濱口さん嬉しそうでしたね。「もう、鹿の死骸なしでは考えられない、スワさんいい仕事したね」と。偶然見つけたものを作品に取り込んでいく、ということはあると思います。

藤:素敵な偶然を呼び込むチカラ、すらも感じますね。

そのほかにも、プレイモードの高橋と黛の車内シーンでのやりとり、観た人々の想像を掻き立てたラストシーンについてなど、お二人の出演シーンを中心に撮影現場でのエピソードをいろいろとお話いただき、Q&Aも行いました。

制作スタッフから俳優へ、ということは珍しいことではないかもしれませんが、実際お二人にお会いしてみると、やはりそれぞれに大変魅力がある方で、当たり前かもしれませんが「人間力」とそれを「見立てる力」が映画に活きているのだろうな、とあらためて感じました。

聞けば聞くほど、奇跡の連続みたいな撮影現場だな、と思うとともに、それは決して偶然頼みということではなく、石橋英子さんとセッションしたり、現地でリサーチしたりしていくなかで生まれた濱口監督の膨大な思考や、過去作を含む経験、現場での周到な準備が積み重なって導かれているのかもしれません。何度も繰り返し観たくなる傑作の成り立ちの一端をうかがい知る貴重な機会となりました。

映画 悪は存在しない 大美賀均 小坂竜士
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■特典内容 ①『GIFT』特別抜粋版 音楽家 石橋英子と濱口竜介監督のコラボレーション公演 ②短編映画『余る日』/ 大美賀均監督 ③特製ブックレット 濱口⻯介×大美賀均の特別対談も収録

*『他なる映画と 1・2 』 濱口竜介著 – INSCRIPT

当日プログラム詳細

構成・文:藤美奈子 写真:神山靖弘


2025年03月25日 | Posted in Talk Report | | Comments Closed